キッチンジャーナリスト 本間美紀
ジーマティックはドイツ生まれのキッチンです。その本社を訪ねることができました。ドイツの産業都市として知られるハノーバー。そこから車で1時間ほど走ったレーネという都市に、ジーマティックの本社があります。周辺都市もキッチン本体や関連部品、キッチン家電のメーカーが集まり、世界的に知られたキッチンブランドが集まる産地です。日本に例えると自動車産業が集積した豊田市を思わせます。本社のゲートをくぐると赤レンガ造りの建物が目を引きます。1930年代から工場として使われているそうで、そこにモダンな現代建築を建て増ししたのが本社社屋です。社員数約400人がここで働きます。
毎年9月にはインハウスメッセと称した新作発表会があり、世界60カ国のディーラーが集まり、情報交換をしたり、本社社員と交流します。「ジーマティックのブランドを世界に伝えるためにも、各国のディーラーとまめに顔を合わせることが大事」と国際市場を担当するヴァイス氏は話します。
大きな吹き抜けを囲むように、ショールームフロアがあり、ジーマティックの3つの代表モデル約27セットが、様々なスタイリングで並んでいる。
円卓を囲んでランチや軽い夕食を楽しむなど、普段とは違う活気に満ちている。
最新の建築や有名建築家の仕事をファイリングして研究している
ジーマティック・カラーシステムと呼ばれる繊細な色のマテリアル
このコラムの1回目でドイツのキッチンは家具から始まったと書きましたが、今、ジーマティックのキッチンは「家の中の小さな建築」のように進化しているのです。ジーマティックには「ピュア」「アーバン」「クラシック」と3つの製品ラインナップがありますが、デザインはどうやって生まれているのでしょうか?製品開発部長のリーケ氏に聞いてみました。
「ジーマティックの製品開発は、最新の建築のデザインを研究するところから始まります」。見せてくれたアイディアファイルには世界の著名な建築家の作品が並んでいます。世界中の建築家の空間に寄りそうデザインであるために、勉強を欠かさないそうです。特にドイツの現代建築は直線的でシンプルな空間が多いです。そこに美しくなじむように、キッチンの外形デザインはブラッシュアップされていきます。特に近年では奇抜なデザインというよりは、そぎ落としたシルエットであることが、ジーマティックの特徴となってきています。
天井の高さや窓の形とのバランス、どんな条件の空間にもなじむように、過剰なデザインを極力抑えているそうです。カラートーンも白、グレー、マットブラックなど、オークやウォルナットといった木目、ニッケルやブロンズなどのメタリック調とシックな色調を厳選。それだけで見ると地味な色のように思えますが、インテリアや家具のトレンドをキャッチし、使う人の暮らしを引き立たせるカラーだけを厳選していると説明してくれました。
さて外側は建築になじむ見た目ながらも、使い勝手はそこに暮らす人に100%合わせることができるのがジーマティック。そのために収納などのシステムパーツが1万種類もあります。各種の引き出しやワインホルダー、グラスラック、オープンシェルフなど、これを覚えるだけでも大変そう。ジーマティックはそんな点にも手を抜きません。登場したのはジーマティックアカデミーのチーフトレーナーだという快活な女性マンディさん。この職について17年という大ベテランです。
ジーマティックアカデミーとは世界のディーラーに、同社のキッチンのデザインや1万種類もあるオリジナルのパーツをどうユーザーに提案するか。トレーニングをする教育システムです。受講者は3日間、じっくりシステムを学びます。年間で800人も受講するそうで、各国のディーラーは必ず一人はこのアカデミーを受講する必要があります。
「ドイツのキッチンづくりはウィッシュリストがとても大切。どこに何を入れてどう使いたいのか。ドイツ人はキッチンを買う前に自分の暮らしを分析して、しっかりと計画します。ジーマティックはそんなドイツ人の要望に応じていたら、パーツが1万種類も増えてしまったのよ」と冗談めかして微笑みます。
世界にはアジア、中東、アメリカ。文化の数だけ料理がある。だからジーマティックは世界中のどんな料理の作業のニーズにも応じられるキッチンとして成功したのです。シンプルだからどんな国の建築やインテリアにも馴染み、中は徹底的に自分らしくできる。いわばスケルトン・インフィルーキッチンの中と外のメリハリをつける考え方を貫いています。
明るく楽しいマンディさんのレクチャーは、ユーザーがキッチンを楽しく選べるような工夫に満ちている
引き出しの中だけでも多様なカスタマイズが可能
アイパッドでのトレーニングシステムもあり、仮想ユーザーが画面から質問を
オランダのデザイナー、ペリー・ハンセンさん。アーバンのデザインに参画。
これまでの製品と違い、空間でアクセントになるのが「アーバン」のシリーズ
そんなジーマティックも新しい世代へ向けたデザインにも取り組んでいます。 それが3回目のコラムで紹介した「アーバン」というモデル(詳細はこちらへ)。そのデザイナーのペリー・ハンセンさんにも会うことができました。オランダ人で、普段は個人事務所で大型建築や集合物件のプロジェクトを手がける建築デザイナーです。ペリーさんは都市に住む人が増える中、料理をしながらルーフテラスで菜園を楽しむような気分になれるデザインを提案しました。「セラミックトーンや黒、グレーなどの無彩色にオープンの棚を合わせるデザイン。料理道具や好きな本やデジタルデバイスなど、暮らす人のものがキッチンに置かれてて完成するデザインですよ」とハンセンさん。
一方で印象的だったのは、新作キッチンでもことさらデザイナー名を強調しないジーマティックとハンセン氏の姿勢です。一般にデザイン家具などでは、デザイナー名が強調される製品が少なくありません。けれどもジーマティックではデザイナー名は一切登場しません。一流の建築の中で使われることの多いキッチンですから、キッチンデザイナーの個人名を強調することはなく、その中に溶け込むことを優先にして、母体の建築やユーザーのライフスタイルをとにかく尊重しているのです。だから建築家も採用しやすいのではないでしょうか。そんな凛とした姿勢もドイツで話を聞いてわかったことでした。
それを裏付けたのが社長ウルリッヒ・ジークマン氏の話でした。「これからのキッチンはよりインディバイデュアルになる」と熱い口調で話します。このインディバイデュアルという言葉は、日本のジーマティックのプランナーもよく使う言葉ですが、直訳すると「個人的」という意味です。これまで私たちは誰もが同じような量産品を買うことに慣れていました。けれどもこれからは個人の要望に応えたカスタマイズ製品がもっと求められていくだろうというのがジークマン氏の展望です。
製品をカスタマイズするということは、出荷までに手間も時間もかかりますが、同社の工場ではパーツのセッティングや出荷管理などのシステムを日々改良して、案件ごとに違うキッチンの部材を効率良く世界中に出荷できる体制を整えています。「本来なら手のかかるオーダーメイドを、安定して最高の品質で効率良く提供できる」と胸を張ります。実際に工場を見せてもらいましたが、清潔で人とマシンの役割の住み分けができていて、世界中にキッチンが飛び立って行きました。
キッチンというと最近はデザインにばかり注目が集まりますが、このようにディーラーや施工業者が困らないようなシステムもまさにドイツらしさ。ドイツの企業は何社も訪問している私ですが、多方面から手を抜かないジーマティックの企業姿勢にとても驚かされた旅になりました。
(ドイツ取材 2017年9月)
創業家・3代目としてジーマティックを精力的に率いる
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キッチンをインテリアから考える本「リアルキッチン&インテリア」著者。自分らしいキッチンとインテリアを実現した住まいの取材を続け、取材件数は300件以上。
そこに暮らす人、メーカーや売る人など、多方向からのインタビューからデザインとキッチンのある暮らしを考え、執筆。セミナー活動も多数。新刊に「デザインキッチンの新しい選び方」(学芸出版社)
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