キッチンジャーナリスト 本間美紀
最近、ジーマティック青山を訪ねて、店内でゆったりと過ごすことが多くなりました。キッチンを見るだけではなく、ソファやスツールが備えられ、ゆったりと過ごすためのキッチンを提案するこの場所は、最近の私のお気に入りです。邸宅をイメージした内装という狙い通り、いつの間にか誰かの家にいるような気持ちになるのです。
その時、ふと感じるのです。ここは本当に料理をする場所なのかしら。これまでの「台所」とは全く違います。丁寧に仕上げられたキッチンの扉、手触りがよく上質な服地を見ているようなワークトップの素材、その上には華やかな照明。リビング家具の中で料理をするなら、こんな感じになるのかしら。そう思わせる理由はとてもシンプル。「ドイツのキッチンは家具」だからなのです。
キッチンにはシャープな形のシンクがあり、野菜など食材の下ごしらえができます。手を伸ばすと、キッチンツールのように使い勝手のいい水栓金具が適切な位置に、備えられています。振り向くと目の高さに大きなオーブン。このオーブンを開けて熱々のお料理を出したら、家族や友人から歓声が上がるだろうな。そんな幸せな光景が頭に浮かびます。ジーマティックのキッチンでは、料理が始まったら、そのままそこがおもてなしの場所になるのです。
ジーマティックは1929年創業。誕生の地のウェストファーレン地方は、ドイツのキッチンメーカーが集まり、今なお世界でも有数の「キッチン産地」になっています。どこも元は木製のキャビネットを作る家具工房から始まっている。これがジーマティックをはじめとする、ドイツのキッチンの源流です。
近代のドイツの厨房は、食器棚に薪ストーブに水瓶の置かれた作業のための部屋でした。前時代的だった作業場の要素を収納家具の中に組み込んで動線を満たし、働く女性の家事を軽減し、スペースを生みだそうというドイツの合理性がシステムキッチンという言葉を生み出したのです。
中でもジーマティックはドイツキッチンのシンボルブランドとして、成長してきたメーカーで、ドイツ人ならいつかは手に入れたいと憧れるブランドの一つ。多くのメーカーが製造拠点を海外に移す中、ジーマティックは「メイド・イン・ジャーマニー」を守り続けています。
そして現代に入り、システムキッチンは料理だけではなく、家具の表情を期待される「インテリアとしてのキッチン」に変化しています。ジーマティックのデザインは、そんなインテリア化するキッチンの歴史そのもの。
1953年当時のキッチンはまさに「木製キャビネット」がベースになっていた。
1960年代に発表されたハンドルレスキッチン「6006」。モダンの中にレトロ感が漂う。今見てもモダン。‘タイムレス‘なデザインはこの時代から始まっている。
1988年発表の「SL」。80年代らしいゴージャスなフェイスだ。
日本がまだ婚礼ダンスや食器棚を使っていた1960年代、ジーマティックでは今やっと日本で注目されている「ハンドルレス」のキッチンを、すでに発表していました。取っ手がないので、すっきりと見え、モダンな建築に溶け込むデザインです。その後は押すだけで開く扉のシステムまで開発され、機能とデザインは常に両輪のように開発されてきたことがわかります。ちなみにジーマティックの社名は、創業家のジークマン家の名前の一部と、自動という意味のオートマティックを組み合わせた言葉。扉や引き出しのスムーズな開閉と、手にしっくりくる使い勝手は同社独自のものです。
キッチンといえば‘奥様向けのパステルカラー’が常識だった当時の日本で、木目や鏡面塗装を使い、高級家具のように仕上げたジーマティックのデザインはちょっとしたショックだったといいます。1980年代、引き出しの手掛けや扉のサイズをモジュールで整え、水平の線を整えた端正なフェイスを持つキッチンシリーズは、バブル真っ最中の日本の建築界にも衝撃を与え、「ドイツのシステムキッチン」は一躍ステイタスシンボルに。日本でも多くの高級マンションに採用されて、「ブランドキッチン」の代表になったのがジーマティックでした。
顔が映りこむほどの鏡面の扉、閉めるとフラットになるミニマルな扉、ボザール様式を取り入れたモダンクラシックな扉など、扉デザインが発表されるたびに他のキッチンブランドに影響を与えてきました。シリーズの大半は今なおほぼ廃盤がなく、何十年たっても今の暮らしに馴染むデザインであることに驚きます。
シャープな框にすりガラスの扉。懐かしいような、モダンなような。これは1994年に発表のSE7007MR。
2006年に発表の「ボザール」は、クラシックキッチンをモダンに解釈した‘新展開’のデザイン。ジーマティック青山にも展示があるので、アレンジで違う印象を楽しんで。
そんな時代を経て今、日本の私たちがキッチンに求めるものはなんでしょうか。それは自分たちのライフスタイルに適ったキッチンを作ること。誰もが同じブランドバックを持てば満足な時代もありました。けれども今は、「自分らしい装い」をすることに最も価値があります。イメージする住まいの床、そこに置きたい家具、キッチンに立った時の家族やゲストの姿。そんな暮らしのシーンに寄り添うのが、ジーマティックのキッチンです。
誤解を恐れずに言えば、ジーマティック青山を訪れたなら、機能や収納など実用を考える前に、数多くの美しいキッチン扉を見せてもらってほしいのです。家具のように、洋服のように、楽しんで選んで。キッチンがそのままおもてなしの場所になるのは、そんなインテリアとなるキッチンだから。プランナーに相談をする時間さえも、ジーマティックのある暮らしとの始まりなのです。
ジーマティックを手に入れるということは、予想以上に豊かな暮らしがその先に広がっているということです。ショールームの展示モデルはあくまでも入り口。どんな世界が広がっているの? 次回からはもう少し踏み込みます。
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キッチンをインテリアから考える本「リアルキッチン&インテリア」著者。自分らしいキッチンとインテリアを実現した住まいの取材を続け、取材件数は300件以上。
そこに暮らす人、メーカーや売る人など、多方向からのインタビューからデザインとキッチンのある暮らしを考え、執筆。セミナー活動も多数。新刊に「デザインキッチンの新しい選び方」(学芸出版社)
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